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驚きの梅干
2010.6.15
11日のエピソードでもう一つあったの忘れてた。
梅を、60キロ予約したおばさんがいたの!
もちろん持ち帰りなんてできないから配達。
「どういう人?」って杉崎のお兄ちゃんに聞いたら
「あの人はね、毎年そう。漬け方が上手らしくって、
たくさん漬けて、田舎の親戚とかに送るんだよ」って。
へえ。なんか昔と逆。そういう保存食って田舎の人が、
自分ちでとれたからたくさん作って、都会へ出た子どもたちへ送る、
そういうものだったのにねえ。
うちも、子どもの頃、おばあちゃんの梅干があったもんね。
金曜日はかなり黄色くなった梅を売っていた店頭は、
また青梅ばっかりになっていた。新しいの入れたんだね。
うちの梅は梅酢が上がってきて、そろそろ重しを減らそうかという頃です。
11日のエピソードでもう一つあったの忘れてた。
梅を、60キロ予約したおばさんがいたの!
もちろん持ち帰りなんてできないから配達。
「どういう人?」って杉崎のお兄ちゃんに聞いたら
「あの人はね、毎年そう。漬け方が上手らしくって、
たくさん漬けて、田舎の親戚とかに送るんだよ」って。
へえ。なんか昔と逆。そういう保存食って田舎の人が、
自分ちでとれたからたくさん作って、都会へ出た子どもたちへ送る、
そういうものだったのにねえ。
うちも、子どもの頃、おばあちゃんの梅干があったもんね。
金曜日はかなり黄色くなった梅を売っていた店頭は、
また青梅ばっかりになっていた。新しいの入れたんだね。
うちの梅は梅酢が上がってきて、そろそろ重しを減らそうかという頃です。
梅干の季節
2010.6.13
梅雨直前の6月11日、またお店を手伝わせてもらいました。
日差しが強くなってきたので、菜っ葉や豆類はビニールシートの陰。
同じような店先に見えて、実は金子のおじさんのきめ細かな管理で
店の様子は少しずつ変わっているのです。
日差しが強ければビニールシートをかけてやり、すだれをさしかけて野菜を保護する。
量が少なくなったものは、裏で、箱から野菜を出してきて1束ずつビニールテープに巻き、
あるいはビニール袋に入れてまた一塊店先に並べる。
売り切れたものは、台にしていたプラスチックケースごと片付ける。
もちろん、杉崎のお兄さんも店先を変えていきます。
金曜日の昼に手伝いに行くと、お惣菜を売る土曜日の準備で野菜を切っていることが多い。
今回も、かぼちゃを何個も割って大忙し。
夕方になって、4時には車両通行止めにするので、
惣菜を店の前に出してレイアウト変更をします。
この場所は、狭い通りなんだけど、向かいに大黒屋があって、その隣にドラッグストアがあって、
八百宗とともに、みんな店先に商品を並べているので、
車が通ると道はいっぱいになり、人は慌てて商品の間に入って避難しなければなりません。
ベビーカーやら、おばあちゃんの買い物カートなんかがあるときは、
クラクションを鳴らしていく車すらいます。
この時期は、梅が並んで店先から甘酸っぱいいい匂いが漂います。
この日は、1キロ1000円の南高梅に850円、700円、400円と
大きさによって何種類も並んでいます。
でも、今年は春に記録的な低温の時期が続き、花が咲かなかったり実ができなかったりして
梅は少なく、あと1週間ぐらいでなくなってしまう、と金子のおじさん。
私はこの間、「もうじき高くなるよ」と言われて、思わず青いうちに買ってしまいました。
うーん、もう3日まてば黄色い梅が買えたのに。と思っていたら
杉崎のお兄ちゃんに「梅はね、今日かなと思ってから3日してから買うといいよ」と言われました。
今回は、私が店番している間に梅を買った人はゼロ。
一人、麦わら帽子がよく似合うかわいいおばあちゃんが、
「青いカリカリの梅が欲しいんだけど」と言いながら、長く店先にいました。
サミットで見たら、大きさがまちまちで980円もしたって。
「今年は早いんだよ。もう青いのなんてないよ」と金子のおじさんは冷たい。
実はこのおばさん、私たちにさんざん梅の漬け方を聞いて、
ほかの野菜のことも聞いて、結局何も買わずに帰りました。
金子のおじさんは、このおばあちゃんが買わないことを知っていたのかな。
金子のおじさんがつけた小梅は、けっこうよく売れました。
つけるのはめんどくさい、でもここのは安いしというので買っていく人も多い。
「おいしいのかしら」と不安がるおばさんに、「ここのおじさんは30年のベテランだよ」
と言ったら買っていったおばちゃん。
「毎年この時期は、店先をチェックしてるの。でも買ってもすぐなくなっちゃうのよね」
と言いながら、4パックも買っていったのは、たぶん私と同年代の女性。
金子のおじさんは、他の梅の使い方を教えてくれました。
梅酒は黄色い梅でつけた方がおいしいということ、
熱湯に3回くぐらせてからゆがき、アクを取りきったら
砂糖と蜂蜜を加えて冷まし、冷凍庫で凍らせて食べるとおいしいこと。
2ついただきました。アルコールになりかかっている強い刺激と、
甘酸っぱい味が口の中に広がって、なんだか現気になるようです。
あと、たまに商売でもなさそうなのに、
5本も6本も束ねた白ネギを、5束も持っていったり、
小ぶりのキャベツを4玉も買っていくようなおじさんがいます。
私なんて、ネギは1回に1本使うのが精一杯だから、いつも4本目ぐらいから
青い部分が黄色くなってしまうのに、この人達はどう使うんだろう。と思っていたら
杉崎のお兄ちゃんが「まとめて刻んでおいて冷蔵庫に入れておくの。
まとめて料理しておく人もいるよ」って。
みんな、安いときに買って上手に使いこなしているんだなあ。
作りおきっていうのが、私は苦手だからなあ。
トマトやきゅうりはよく売れます。
ナスの250円を高いと言いながら、いつも1キロ400円のそら豆を買うおばちゃんもいる。
そら豆はみんな好きらしくて、単価が400円でも、けっこうコンスタントに売れます。
豆ご飯にするんだって言ってたおばちゃんがいた。
気候がよくなると買い物にくる人も多い。2時台は少ないけれど、
3時過ぎると人がけっこう来始めて、次々と1000円札が増えていきます。
やっぱりよく売れるのは定番の野菜なんだなあ。
ネギ、キャベツ、きゅうり、トマト、たまににんじん、インゲン、なす。
今回は、年齢層はちょっとバラけた感じ。暑くなってくると、若い人も増えるんだろうか。
アイスプラントが人気
久しぶりにお店を手伝いに行った。
4月は行きそこねちゃって。根三つ葉が400円もの高値になった時期は知ってる。
小松菜やほうれん草もいつも半分ぐらいの束になっちゃって。
でも、金子のおじさんも、杉崎のおにいちゃんも、元気。
昨日は、24度ぐらいまで気温が上がったけど、天気が不安定でおじさんたちに言わせると、
「客こねえなあ」なんだけど、1ヶ月以上ぶりに店に入った私としては、
やっぱり暖かくなると客足が違う。単価も上がる。
1キロ400円もするそら豆がよく売れる。2パック買っていったおばちゃんもいた。
筍は500円まで値を下げたけど、そろそろシーズンが終わりだからか、
私がいた間は誰も買わなかった。
人気だったのは、この春から店に置き始めたアイスプラント、正しくはシオーネ。
すでに食べたことがあるおばちゃんも、初めてというおばちゃんもいて。
「サラダに入れたり、肉炒めの下に敷いたらおいしいよ」と言ったら、
金子のおじさんが「そうそう」と相槌を打ってくれて「そうなの」と買っていってくれたおばちゃん。
「これがおいしいよの、頼まれてんの」と言いながら、3パックも買っていったおばちゃん。
本しめじが入ったときもそうだったけど、いつものおかずにちょっとアクセントをつけるような
珍しい素材は売れていく。つられてほかのものも買ってくれるし。
杉崎のお兄ちゃんは「もう少ししたら、ルッコラを置いてみようと思ってるのよ」。
「ハーブをスーパーに売っている束の半分か3分の1ぐらいであったら買いやすいんだけどな」
と言ったけど、あれが最小単位なんだって。で、ハーブはリスクが高い。
そうなんだよな。バジルとか、前買ったとき困ったもん。一度にたくさん使うもんじゃないでしょ。
トマトサラダに入れて、半分以上残ったのを、使うのに困って結局炒め物に入れてしまった。
「前に、市場で今日は安いからって、ミントを大量に押し付けられてさあ、大変だったのよ。
おばちゃんたち買わないし、結局ケーキ屋のにいちゃんを捕まえて、安くまとめ買いしてもらったの」
って、杉崎のおにいちゃん。
土曜日は惣菜の日なので、杉崎のお兄ちゃんは仕込みで忙しかった。
行ったときは、かぼちゃを切っていて。ひげのところも包丁できれいにとっていた。さすがプロ。
そういえば、この間『Hanako』のバックナンバーを調べていて、88年に
「西小山は惣菜の町」って紹介されていたって話をしたら、驚いて
「そういえば、うちが惣菜を出し始めたのもその頃からもしんない。お袋がまだいてさ。
最初は味見だったのよ。こういうのどうって話していたら、「これ売ってないの」ってお客さんがいて。
そっから出し始めたの。置いたら売れるんだ、これが。15年、20年ぐらい前かなあ」って。
昨日置いてあった惣菜は、だいこんなます、きゃらぶきの佃煮、ふかしいも。
ちゃんと売れていくんだな。なますといもを買っていったおじさん。なますだけ買ったおねえさん。
そういえば、男性のお客さんは迷わない。
女性が、あれこれ選んで、少しずつ決めたり、結局どれも買わずに行っちゃう人もいるのに、
男性は、「これとこれ」ってさっと選んでさっとお金を出して去っていく。
立場の違いかなあ。いずれにしても、女性は、私もそうだけど、毎日店に来て、
何がおいしそうか、何が安いか考えて、今日の献立を決めてから買っていく。
献立づくりは大変なのよ、ほんと。毎日だから。
キャベツがすっかり安くなった。1玉100円。2玉買ったおばちゃんが、
「うちは大家族だから。5人なのよ、いまどき珍しいでしょ」と恥ずかしそうにしてた。
豆もよく売れる。さやいんげん、沖縄の枝豆。
トマトも人気。暑くなったもんねえ。
この日は、3個350円のトマトと1束100円のほうれん草が売り切れた。
殻になった箱を見るとうれしい。
金子のおじさんは、ほとんどバックヤードにいて作業をしていた。
暗い奥から、金子のおじさんの作業している背中があって、その向こうに野菜が並んで、
店の前を、いろいろな人が行き交っていくのを観ていると、まるで映画みたい。
向かいの大黒屋のおじさんが、飲み物類を重ねたカートを押していったり、
自転車のおばちゃん、おじちゃん、学校帰りの小学生、車。
みんなそれぞれ人生があるんだなあ、なんて当たり前のことをぼんやり考える。
金子のおじさんは、そうして私が見ている間に、そら豆を全部さやから出し、
きゅうりを袋詰めにし、なかなか売れない行者にんにくのぬたを作った。
ぬた作りは夕方で、もしかすると私が「これ、どうやって食べるの」って聞いたからかも。
なますといもを買っていったおじさんが、「これゆでるんだよな」と言いながら、1個だけ買った生野菜。
食べたことないんで、私、返事ができなかった。
そしたら、金子のおじさんが、「端っこがいたんできたから」って切り取って、
ゆでて、砂糖が入った酢味噌であえて、一口くれた。
包丁を入れたときには、周り中にニンニクのにおいをさせていたのに、こうなるとしない。
子どもの頃に食べたわけぎのぬたあえを思い出す味。
「これぜんぜんくさみがないだろ」「うん、まさにぬたって感じ」
「よし、明日出そ」といって、おじさんは作ったぬたを冷蔵庫へ。
金子のおじさんの料理は、そうだ、昭和の味がする。
途中で、病院から帰ってきたばかりの、果物屋の杉崎の大将が店に寄って、
「カレー食べようと思ったのに、ご飯が無い」って。
3時過ぎに作業が一段落したときに、金子のおじさんが「腹減った」って言って、
炊飯器に残っていたご飯を茶碗にもって、その上からカレー、らっきょうをのっけて食べちゃったの。
今日は2人だから2合炊いたんだけどなくなったって。
それで、杉崎の大将に頼まれて、100円ローソンでパックのご飯を買いに行った。
ふだん買わないから知らなかったけど、100円200グラムのご飯のパックは何種類もある。
迷った末に、コシヒカリと書いてあるやつを買った。
それから、杉崎の大将は、私に「このカレーうまいんだ、くってみな。カレーだけだけど」と
小皿に1杯、カレーをよそってくれた。これもなんだか懐かしい味。ピリっとするんだな。
「何が入ってるの?」と金子のおじさんに聞いたら
「しょうがとかニンニクとか、隠し味いろいろ。ピリっとするのは一番からいルーを使ったから」って。
大将はしばらく机で私の前に座っていて、
「おれ、スーパー入ったことないんだ。八百宗の大将がきてるとかいわれるからさ。
コンビニも入らない」とぼそっと言った。恥ずかしいんだ。
お使い行くときに、杉崎のお兄ちゃんが、大将に自分でいかそうとしたからかな。
シャイなおじさんのプライドをはじめて垣間見た。
食べ慣れたものが好き?
2010.3.17
ずっと忙しくて行けなかった八百宗へ昨日久しぶりに働きに行った。
昨日は東京で最高気温が21度まで上がった暑い日。
おじさんたちは、「お客が来ない」と言っていたけれど、
冬場に比べれば、倍は人が来ていたと思う。
3月は野菜の端境期なんだけど、金子のおじさんが一生懸命根切りながら
仕入れてきた野菜で、店頭はにぎわっていた。
ふき、ふきのとう、根三つ葉、新キャベツ、アスパラガス。
昨日の目玉は、ふだんは店頭に並ばない本しめじ。
金子のおじさんいわく「松茸みたい」。
でも、意外に動かないんだ、これが。
みんな、キャベツとか、ほうれん草とか、大根とか、ニンジンとか、
定番の野菜ばかりを買っていく。
「めったに入らないよ」と言うと、買ってくれるお客さんもいるんだけど、
「うちは食べないから」と言っていくお客さんも多い。
私なんて、珍しい野菜を見ると、とりあえず買ってみたくなるんだけどね。
そういいながら、本しめじはしっかりゲットした。
3時ぐらいになって、金子のおじさんが
「よっしゃ、じゃあ味見用を作るか」といって、本しめじと、しいたけと、アスパラを取って、
醤油とバターで炒めて出した。
それを見て、お客さんたちは「これ煮物?」と聞く。
おじさんは、「炒めただけだよ。アスパラはゆでないでナマから炒めたんだよ」と説明を繰り返す。
そうか、西小山じゃ、アスパラはまずゆでるのが常識なんだ。
ブロッコリでもいるもんね、炒める前にゆでるって人が。
でも、実はおじさんがやったように、炒めるときは茹でない方がいいんだよ。ぐずぐずになるから。
味見して、納得して買っていく人もいる。
「これはお惣菜ないの?」と聞いて、ないことが分かると買わないおばあさんもいた。
「炒めるだけだよ」と言うと、「めんどくさいから」って。
今日は、里芋とニンジンの煮物、ごぼうとニンジン、こんにゃくのきんぴら、かぼちゃの煮つけ、
さつまいものふかしたのを並べていたけれど、
そういえば、そういう惣菜を買っていくのは、お年寄りが多かった。
年をとると、料理をするのも億劫になるっていうのは本当なんだなと思った。
杉崎のお兄ちゃんは、夕べ夜中まで映画のDVDを見ていたから眠いといって、
裏で、ざぶとんを並べて1時間以上昼寝していた。人に優しく、自分にも優しく。不思議な人だ。
あるおばあちゃんが、顔をほころばせながら田芹を買っていった。
「私みたいなイナカモンは、こういう昔のものがいいのよ」って。味噌和えにするんだって。
そうね。スーパーには新しい野菜はたくさん並ぶけど、ここは昔ながらの野菜が並ぶ。
そういう住み分けをしているともいえるんだ。
小さなお子さんを連れたお母さんが、「かぼちゃ、半分になります?」といって、
半分だけ買っていった。食べきれないからって。
食べきれない、を理由に買うことを躊躇する人もけっこういる。
八百宗の野菜は量が多い。昨日は、人の頭ほどあるブロッコリーを150円といつもの3倍の値段で
売っていて、でも、珍しいもんだから、ちゃんと売り切れた。
いいものを扱っているのに売れないことが悩みの八百宗。
いつも買ってくれるのは、おばあさんばかり。
90年代前半までは、親子で買い物に来る若い女性も多かったっていうから、
人口構造とライフスタイルの変化が、影響していることは確か。
商店街自体の人通りが、そんなに多くないし、しょうがない部分もある。
昨日、久しぶりに店番して、一番の「しょうがない」原因は、
世代によって欲しい野菜の種類が違うことかもしれない。
本を書いて、取材を受けたりして実感したのは、戦後60年の変化は激しすぎて
親子孫でライフスタイルが変わりすぎた。
60代、70代の元気だけど、少々料理が億劫になったおばあちゃんたちは、
昔ながらの野菜をちょっとだけ使いたい。
30、40代は目新しいものが欲しい。洋風のものが好き。でスーパーへ行く。
若い世代を掘り起こそうと思えば、常連客が来られない店になってしまう。
変えられない、でも変えないと先細りになる心配がある。そういうジレンマがあるんだ。
少しずつ、工夫して変えていくしかないんだなあ。がんばれ、八百宗。
ずっと忙しくて行けなかった八百宗へ昨日久しぶりに働きに行った。
昨日は東京で最高気温が21度まで上がった暑い日。
おじさんたちは、「お客が来ない」と言っていたけれど、
冬場に比べれば、倍は人が来ていたと思う。
3月は野菜の端境期なんだけど、金子のおじさんが一生懸命根切りながら
仕入れてきた野菜で、店頭はにぎわっていた。
ふき、ふきのとう、根三つ葉、新キャベツ、アスパラガス。
昨日の目玉は、ふだんは店頭に並ばない本しめじ。
金子のおじさんいわく「松茸みたい」。
でも、意外に動かないんだ、これが。
みんな、キャベツとか、ほうれん草とか、大根とか、ニンジンとか、
定番の野菜ばかりを買っていく。
「めったに入らないよ」と言うと、買ってくれるお客さんもいるんだけど、
「うちは食べないから」と言っていくお客さんも多い。
私なんて、珍しい野菜を見ると、とりあえず買ってみたくなるんだけどね。
そういいながら、本しめじはしっかりゲットした。
3時ぐらいになって、金子のおじさんが
「よっしゃ、じゃあ味見用を作るか」といって、本しめじと、しいたけと、アスパラを取って、
醤油とバターで炒めて出した。
それを見て、お客さんたちは「これ煮物?」と聞く。
おじさんは、「炒めただけだよ。アスパラはゆでないでナマから炒めたんだよ」と説明を繰り返す。
そうか、西小山じゃ、アスパラはまずゆでるのが常識なんだ。
ブロッコリでもいるもんね、炒める前にゆでるって人が。
でも、実はおじさんがやったように、炒めるときは茹でない方がいいんだよ。ぐずぐずになるから。
味見して、納得して買っていく人もいる。
「これはお惣菜ないの?」と聞いて、ないことが分かると買わないおばあさんもいた。
「炒めるだけだよ」と言うと、「めんどくさいから」って。
今日は、里芋とニンジンの煮物、ごぼうとニンジン、こんにゃくのきんぴら、かぼちゃの煮つけ、
さつまいものふかしたのを並べていたけれど、
そういえば、そういう惣菜を買っていくのは、お年寄りが多かった。
年をとると、料理をするのも億劫になるっていうのは本当なんだなと思った。
杉崎のお兄ちゃんは、夕べ夜中まで映画のDVDを見ていたから眠いといって、
裏で、ざぶとんを並べて1時間以上昼寝していた。人に優しく、自分にも優しく。不思議な人だ。
あるおばあちゃんが、顔をほころばせながら田芹を買っていった。
「私みたいなイナカモンは、こういう昔のものがいいのよ」って。味噌和えにするんだって。
そうね。スーパーには新しい野菜はたくさん並ぶけど、ここは昔ながらの野菜が並ぶ。
そういう住み分けをしているともいえるんだ。
小さなお子さんを連れたお母さんが、「かぼちゃ、半分になります?」といって、
半分だけ買っていった。食べきれないからって。
食べきれない、を理由に買うことを躊躇する人もけっこういる。
八百宗の野菜は量が多い。昨日は、人の頭ほどあるブロッコリーを150円といつもの3倍の値段で
売っていて、でも、珍しいもんだから、ちゃんと売り切れた。
いいものを扱っているのに売れないことが悩みの八百宗。
いつも買ってくれるのは、おばあさんばかり。
90年代前半までは、親子で買い物に来る若い女性も多かったっていうから、
人口構造とライフスタイルの変化が、影響していることは確か。
商店街自体の人通りが、そんなに多くないし、しょうがない部分もある。
昨日、久しぶりに店番して、一番の「しょうがない」原因は、
世代によって欲しい野菜の種類が違うことかもしれない。
本を書いて、取材を受けたりして実感したのは、戦後60年の変化は激しすぎて
親子孫でライフスタイルが変わりすぎた。
60代、70代の元気だけど、少々料理が億劫になったおばあちゃんたちは、
昔ながらの野菜をちょっとだけ使いたい。
30、40代は目新しいものが欲しい。洋風のものが好き。でスーパーへ行く。
若い世代を掘り起こそうと思えば、常連客が来られない店になってしまう。
変えられない、でも変えないと先細りになる心配がある。そういうジレンマがあるんだ。
少しずつ、工夫して変えていくしかないんだなあ。がんばれ、八百宗。
年明けは閑古鳥
1月8日の金曜日の午前中、久しぶりにお店を手伝いに行きました。
前に、金子のおじさんが「午前中のお客さんは目的買いだから決断が早い」と
言っていたので、その様子を確認したいと思ったので。
おじさんが市場から帰ってきて店の準備を始めるのが10時過ぎということだったので、
10時半頃行ったの。
そしたら、金子のおじさんが一人で黙々と野菜を並べている。
杉崎のおにいちゃんは寝坊なんだって、というかいつも朝は遅いそうで。
しばらく眺めていたけれど、そのうち、おじさんが仕事を言いつけてくれた。
まずは、「風にあたると弱いから」といわれて、菊菜をビニール袋へ入れる作業。
「このビニール袋ってどこで売っているの?」
と聞いたら、「市場に何でもあるよ。ケースとも売っている」とのこと。
そうか、大阪の道具屋筋に飲食店の材料が何でも売っているのと同じね。
それから、ピーマンの袋詰め、絹さやの袋詰め。
いつも、驚かされるんだけど、旬を1ヶ月も2ヶ月も先取りしたような野菜が並ぶ。
絹さやって春の食べ物だったはずだけど。
菜の花だって、12月から売っていたし。あれも2月ぐらいにならないと、なんか食べる気しないんだけど。
という意味で言えば、年中置いてあるきゅうり、トマトもすごい。
この日は、並べる前から、おばちゃんが二人「トマトは?」と買いにきたし。
本当に、みんな旬なんて関係なく買い物するのね。
糠漬けを作る人が多いせいか、きゅうりやなすはいつも売れ筋だし。
袋詰めをしていたら、果物屋をやっている杉崎のおやじさんがニコニコとやってきた。
「うちのにいちゃんは、だめだよね。ほんと」と言いながら。
おじさんは、無口でたぶん口下手だけど、こわいおやじさんではないみたい。
というか、私が来るのをいつも喜んでくれる。この二つの店は、女手がいないからなあ。
11時過ぎぐらいになってやっと、杉崎のお兄ちゃんがやってきて、のんびりと店の奥で何か事務仕事。
お兄ちゃんは、きっと基本的に店を金子のおじさんに任せているんだろうな。
不思議な人だ。
客は少なかった。確かに目的買いというか、お客さんの迷いは少なかったけれど。
自分で、大根の山の中から掘り起こして1本と、ネギを買っていったおばさんがいた。
杉崎のお父さんが、「さっき大根を買っていった人いる?」って聞くから「はい」と答えると、
「見てよ、ひどいんだから」と私たちの前に突き出したのは、
見事に真ん中で二つに割れた大根2本。
しっかり様子を見ておかないといけなかったんだ。
杉崎のお兄ちゃんが言う。「こういう人いるのよ。モラルがない」
そういえば、山積みにした下の方から野菜を引っ張り出す人はときどきいる。
その中に、今回のおばちゃんのように、商品をダメにしておいて、知らん顔する人もいるんだそうで、
「本当に困るよね、そういうのは」と言う。
大根の葉っぱだけきらせて、ゴミを店に押し付けようとするお姉さんもいたしなあ。
そういうモラルのないお客さんは時々いるらしくって、店でも困っている。
お店に損をさせちゃいけないよね、買い物しようと思ったら。
ネギがよく売れた。一人は割と若そうな女性。
「ネギが大好きなんで、これ炒め物にして食べるんです」とうれしそうな顔。
やっぱり東京の人は白ネギが好きなのかな。
「万能ネギないの、万能」って聞いてきた男性が二人もいたけど、
金子のおじさんが「ないよ。今の時期は市場にだってないんだから」と言っていた。
そういえば、ネギといえば青ネギの関西も冬は白ネギだった。
昔は、鍋料理に使うぐらいしか思いつかなかったなあ。
午前中のお客さんは結局10人に満たなかった。
私がいつも買う豆腐屋のおじさんとか、近所のおでんやのおばさんも含めて。
「1月は少ないよ」と杉崎のお兄さん。
「でも野菜は必需品なのに」と聞いたら、
じゃがいもとか年末にまとめ買いしておいて、店にそのダンボールを預けておくお客さんがいるんだって。
確かに、冬は保存がきく野菜が多い。
じゃがいももそうだし、だいこん、ごぼう、にんじん、たまねぎ、白菜。
みんな量が多いし、お腹にたまるからそんなに消費しなくていいかも。
私自身も、夏より冬のほうが買い物の頻度は低い。根菜は量もあるし、お腹が膨れるから、
夏のトマトやピーマンの時期みたいに減り方が激しくない。
杉崎のお父さんが「安くて新鮮なスルメイカが入ったから、お昼食べていきな」って。
そのスルメイカで、金子のおじさんが、ナスとピーマンと豆板醤で炒めものを作ってくれるって。
「しかし、イカは煮物が一番うまいよな」とお父さんがいうと、お兄さんは
「てんぷら」と言う。「てんぷらなんて、脂っこいのはいいよ」とお父さんと、金子のおじさんが却下。
お兄さん、けっこう若者の味覚してる。
お昼には、近くの目黒本町で料理屋をやっている弟さん一家がやってくる。
「有り合わせが一番」と言うのは、お嫁さん。可愛い女の子を連れていた。
弟さんが持ってきた、ラ・フランスのワイン煮を、250円の札をつけて
さっそくお惣菜売り場に置くお兄さん。
「え、売るの?」と周りからいわれながら。でも、試食したら上品でおいしかった。
「なんか、でもこれが、この店にあるのって変」といったら
「確かに、渋谷とかで売っているならわかるけどね、妙だね」と言っていた。
あのワイン煮は売れたんだろうか。
帰り際、「うちの人がイカ好きなんで、これちょっとだけいただいて残りはもって帰ります」と
言ったら、杉崎のお父さんが、それなら、「俺、歯がなくて食えないし、もっともって帰りな」
と、2パック分も、イカの炒め物を持たせてくれた。おいしかったです。
下宮酒店が見た西小山商店街
2009.12.17
先日、大谷園さんに紹介していただいた下宮酒店のご主人に
話を伺いに行きました。15日。火曜日が定休日ということで。
下宮酒店は、八百宗があるとおりの先、1個道路をはさんで向こうの通りの
角にあります。昭和32年に建てたという頑丈な建物。宮大工をしていた大工さんに頼んで
先代が立てたのだとか。
ご主人は、おん年82歳、昭和2年生まれです。
店は、最初は別の場所にあったらしいんだけど、戦後に地主さんに言われて今の場所に移りました。
戦中戦後はお酒はもちろん、味噌やしょうゆなども配給していたって。
昭和20年5月23日、東京大空襲の3回目のときに、周りはみんな焼けたけど、
配給所だった下宮酒店だけは、周りの人が水をかけて助けてくださったって。
タンスやらふすまやらは半分焼けたけど、焼け野原にポツンと残っていたそうです。
そのときは、洗足のお屋敷もだいぶ焼けたらしく、
すでに疎開していたその当時の住人達は、戻ってこなかったとかで、
戦後は人が入れ替わっているようです。
西小山は、戦前戦後は100件も集まるにぎやかな商店街だったそうで、
生活用品は一通りそろったのだとか。
魚屋、肉屋、お菓子屋、市場、仕出し屋、八百屋、たこや?飲み屋、漬物屋、本屋、
パン屋、下駄屋、金物屋、モチ菓子屋、ポンプ屋。
2年前に地下化されるまで、西小山駅は高架になっていたんだけど、
それは昭和10年ぐらいからで、最初から地主が下を通れるようにしたかったということらしい。
下宮酒店のご主人は、戦前は下丸子のほくしん電気というところにお勤めで、
機械を扱うのが得意だったので、
戦後はラジオやテレビを自作したんだそう。だから昭和28年の放送開始からテレビは見ているらしい。
力道山のプロレスは、近所の人が大勢観に詰めかけたって。
来月取り壊されるらしい西小山会館の社長をやっておられたときもあって、
町の歴史については、格別の思いがあるご様子。取材の主旨もすぐご理解くださった。
「昔の写真もあるから、またいらっしゃい」とのこと。
これからの展開が楽しみです。
先日、大谷園さんに紹介していただいた下宮酒店のご主人に
話を伺いに行きました。15日。火曜日が定休日ということで。
下宮酒店は、八百宗があるとおりの先、1個道路をはさんで向こうの通りの
角にあります。昭和32年に建てたという頑丈な建物。宮大工をしていた大工さんに頼んで
先代が立てたのだとか。
ご主人は、おん年82歳、昭和2年生まれです。
店は、最初は別の場所にあったらしいんだけど、戦後に地主さんに言われて今の場所に移りました。
戦中戦後はお酒はもちろん、味噌やしょうゆなども配給していたって。
昭和20年5月23日、東京大空襲の3回目のときに、周りはみんな焼けたけど、
配給所だった下宮酒店だけは、周りの人が水をかけて助けてくださったって。
タンスやらふすまやらは半分焼けたけど、焼け野原にポツンと残っていたそうです。
そのときは、洗足のお屋敷もだいぶ焼けたらしく、
すでに疎開していたその当時の住人達は、戻ってこなかったとかで、
戦後は人が入れ替わっているようです。
西小山は、戦前戦後は100件も集まるにぎやかな商店街だったそうで、
生活用品は一通りそろったのだとか。
魚屋、肉屋、お菓子屋、市場、仕出し屋、八百屋、たこや?飲み屋、漬物屋、本屋、
パン屋、下駄屋、金物屋、モチ菓子屋、ポンプ屋。
2年前に地下化されるまで、西小山駅は高架になっていたんだけど、
それは昭和10年ぐらいからで、最初から地主が下を通れるようにしたかったということらしい。
下宮酒店のご主人は、戦前は下丸子のほくしん電気というところにお勤めで、
機械を扱うのが得意だったので、
戦後はラジオやテレビを自作したんだそう。だから昭和28年の放送開始からテレビは見ているらしい。
力道山のプロレスは、近所の人が大勢観に詰めかけたって。
来月取り壊されるらしい西小山会館の社長をやっておられたときもあって、
町の歴史については、格別の思いがあるご様子。取材の主旨もすぐご理解くださった。
「昔の写真もあるから、またいらっしゃい」とのこと。
これからの展開が楽しみです。
CM撮影!
入れ替わりの激しさは、時代?
2009.12.6
4日に取材&手伝いに行きました。
ともかく底冷えがひどいので、ユニクロのヒートテックのシャツを着て、タイツを履いてソックスを履いて、
さらに使い捨てカイロを背中に貼って。
ちなみに、金曜日の最高気温は15度。このところ、12月とは思えない暖かさが
晴れの日には続いています。
その暖かさにつられてか、師走のおかげか、金曜日という曜日のおかげか、
この日はくるくると結構お客さんの出入りがあった。
働き始めて気がついたんだけど、店の奥まで入ってくる人もいる。
2軒先の化粧品店のお兄ちゃんとか、常連のFさんとか、他にも私が知らないおばちゃんが、
入ってきて、野菜を洗ったりしている。謎の人が何人もいる。
今日は、ブロッコリとアスパラを掛け合わせたという福島県産の茎のブロッコリという
珍しい野菜が入っていて、お客さんの注目を集めていた。
金子のおじさんが作った茹で茎のブロッコリを試食して、物珍しさから買っていく人も多い。
あと、素揚げした銀杏も、味見して、200円のパックを買っていく人が何人もいた。
初めて銀杏を食べるのか、こわごわと口にして「苦い」といったおばちゃんに、
隣にいたおじさんが「当たり前だろ、そのほろ苦さがあるところが銀杏だよ」と言っていたり。
「銀杏は、でもどうやってこの殻を割ったらいいかわかんないのよ」というおばあちゃんに、
ペンチを出してきて「これで割るの。みんなここをめんどくさがるんだよな。簡単なんだから」と
教える金子のおじさん。
小さな子どもを連れたお母さんがキュウリとレタスを買っていったり、
ゆでたサツマイモを友達と半分こするおばちゃんがいたり、
けっこう賑やかな日でした。
干し大根の配達に行って、お昼が遅くなったと言っていた杉崎のお兄ちゃんは、
大きな鍋に入ったレタスのサラダを食べていました。寒いのに、けっこうみんな夏野菜食べるもんだね。
キュウリも売れ行きがよくて、今日は初めて金子のおじさんに教わって、
4本入りのパックを作りました。
帰りに、54本入りの箱で半端になった2本をもらいました。
冬はキュウリを食べないので、どうしようかなと考えた結果、赤カブと一緒に浅漬けにすることにしました。
今回は、本当は杉崎のお父さんのほうに、八百宗始まり物語を取材しようと思っていたのだけど、
シャイなお父さんは、「このおじさん(金子さん)に聞けばわかるよ。子どものときから来てたんだから」
と逃げてしまいました。口数少ないもんね、杉崎のお父さんは。
金子のおじさんは、16~17歳のころも店を手伝っていて、一度他の八百屋でも2~3年勤め、
その後、てきやをやって、八百宗に本格的に勤めだしたのは35歳のときだったそう。
でも、金子のおじさんも、いざ取材となると、けっこう口数が少ない。
下町の人はシャイだって前に聞いたことがあるけど、ほんとだね。少しずつ、やっていこう。
杉崎のお兄ちゃんが気を使って、向かいのお茶屋さんに話を聞けるようにしてくれました。
お店の名前は、大谷園さん。ここのオーナーさんも、「何で私に」と驚いていましたが、
いろいろな人の見てきた記憶を聞きたいという趣旨を説明すると、わかってくださいました。
それに、私と同じ関西出身だったの。言葉がそうだなと思って聞いたら、和歌山って。
昭和31年にお嫁に来てから東京住まい。本当に東京は、各地から人が集まっている。
そういえば「外国人も多いですね」と言ったら「昔ほど多くないよ」とのお返事。
バブル期に外国人労働者が増えた時期、西小山でもフィリピン人を中心に、
向こうのウィークリーマンションで暮らす外国人がすごく増えた時期があって、そのころに比べれば
今は本当に少なくなったらしい。
大谷園さんは、昔はお茶と急須、海苔を扱っていて、
今みたいにたばこや切手類は扱っていなかったって。昭和45年ごろから切手は扱いだしたそう。
今の人はお茶を飲まなくなったって。みんなペットボトルですませちゃうって。
毎日お茶を飲む私も、出かけた先ではペットボトルのお茶を買う。その味と簡単さに慣れちゃっているかもしれない。それとも、お米を食べる人が減ったことと関連して、お茶の消費量も減っているんだろうか。
「昔の八百宗さんは、すごい人だったよ。スリも出たぐらいすごい人出だったんだから。
そのころのこのあたりは活気もすごくあったし。
サミットがあるところは、映画館が2館あったんだ。そこに西友が来るとか言ってた時期があって。
駅の向こうに西友ができてから、サミットになったのかな。
ここの通りにも、乾物屋とか、漬物屋、お菓子や、しょうゆやソースを売っている店があって、味噌屋もあった。
瀬戸物屋もあった。個人商店が多かったの。八百宗の隣は豆腐屋でね。パン屋があった頃もあるよ」
「パン屋知ってます!」と私が言ったら、親近感を持ってくださったみたい。「あんた、知ってんの」って。
2~3年ぐらい前だよな、確か。若い人がやって。でも1年ぐらいでつぶれた記憶がある。
「昔は隣はしもた屋で、土建業やってた人が4軒家を建ててて、それをつぶして今のビルになった。
最初は1階にレンタルビデオ屋が入ったけど、今は居酒屋でしょ。
一つ通りの向こうに見えているレンタルビデオ屋は、酒屋だった。
角は、せんべいや、煙草屋、それから化粧品屋で、今は2代目。
鮨屋があるところは、前は呉服屋だった。
裏に料亭があって、「喜月」といった。今はマンションだけど。芸者さんいたよ。
秋祭りのときは、芸者さんだけの神輿が出たりして、華やかだったねえ」
大谷園さん。またぜひお話聞かせてください。
夕方、Fさんが来た。また一通り一緒に食べものの話をした。
Fさんの故郷、福岡では魚が豊富だったから、太刀魚なんて「猫マタギ」といって食べなかったって。
それが東京に来たら高級魚として売っているからびっくりしたって。
醤油で煮たら、こくのあるおいしさですよって言ったら、驚いてた。私も今年知った味だけど。
新潟の人に、生のたらこをイチョウ切りにした大根とおつゆにするとおいしいことを教えてもらったって。
2人で話していて気がついたんだけど、
料理を教えあいっこする場合、郷土料理店で食べるのと比べていいのは、
よその地域出身の人の知恵を、自分流の味付けで楽しめること。
味が濃い薄い、出汁を何でとるか、いろいろな違いがお互いあるけど、
自分のうちで作る場合は、エッセンスだけいただいて、自己流で食べられるもんね。
野菜を買う人はどこに?
2009.11.27
昨日は暖かくて気温は18度まで上がり、天気も良かった。
小春日和だし、お客さんけっこう来るかなと期待して八百宗へ行った。
ところがところが。
ポツポツは来るのよ。いつものおばあちゃんたち。
だいたいは年配の女性で、足もとがおぼつかない人からシャキシャキ元気な人まで。
たまにやっぱり年配のご夫婦。男性。それで、ごくたまに若いお母さん、主婦。
うーむ。
金子のおじさんは「みんな野菜なんて食わねえもん。若い人は、お総菜買って終わりよ」
とぼやく。
前からその話は聞いていたけど、ほんとにそうかもしれない。
若い人は通っても、ほとんど見向きもしない。
といって、にんにくのたくさん入った袋を見て「1000円、安いわねえ。中国産?え、青森?」
とか、にんにく、しょうがの品定めをひと通りしてから、そのまま去っていくおばあちゃんもいたけど。
店で働き始めてから気になっていたのが、
意外に男性客がいること。ご夫婦で買い物というパターンも多い。
杉崎のお兄ちゃんに聞いたら
「そうなの。10年ぐらい前から出てきたかな。前は男性なんてぜんぜんいなかったけど。
昔はね、20年ぐらい前までは、親子が多かったの。
お母さんと若い娘さんが、これ何に使おうか、あれ作ろっかって話し合いながら買っていった。
それがいなくなって、今は年配の人が、自分たちだけが食べる分をちょっとだけ買う」
だって。日本の家族の変化をそのまんま表しているようだ。
今日は、くわいと菜の花が入った。
もうお正月気分なんだな~。どっちもほとんど売れなかったけど。
「小松菜ないの?」と聞いてきたおじさんがいた。
「小松菜なんて高くて買えねえよ。今週から、正月向けに市場が高くしてきた」と金子のおじさん。
売ったらひと束500円、600円ぐらいになってしまうから仕入れなかったんだって。
先週まで小松菜は安く、ひと束100円ぐらいだった。
しかも、ここの小松菜はひと束の量が多く、スーパーの倍はある。
お買い得で、しかも新鮮で味がしっかりしているから、私はよく買うんだ。
薄揚げと煮びたしにしたり、ゆでて汁物に入れたり、炒め物にしたり。
でも、それだと当分お預けかな。
これから、正月に向けて野菜の値段は上がっていくんだろうな。
正月といえば、この間から、奥のほうでひっそり置いてあって売れなかったユリ根が変色してきた。
で、おじさんは、バラして本来300円のところを100円で売ろうとしたけど、
結局、誰も買ってくれず、私がお持ち帰りということになった。
お客として行っているときもそうだけど、金子のおじさんは、
売れ残ったちょっと傷んだ野菜を、私たちにくれる。
店に入って最初の日は、葉っぱが黄色くなったセロリを6本。
スープに入れるにも多すぎるので、傷んだところを捨てて味噌炒めにしたら、けっこうおいしかった。
今回のユリ根は、しょうがないので、40分かけて傷んだところを1枚1枚削って、
卵とじにした。うちの人、そういうの好きだから。「うまい!」と喜んでくれたけど。
おじさんが、一生懸命仕入れたものを、むげにはできないからなあ。ユリ根って栄養価高いし。
でも、そういうものが売れ残ってしまってダメになる。
ゴミにするのはおじさんもいやだろうし、もっと現実的な問題として、店から出すごみにはお金がかかる。
この間も、若い女の人が大根を買って「葉っぱを切って」と言われたので、
杉崎のお兄さんに伝えたら「切ってもいいけど、持って帰ってね」と言ったら、その人そのまま買った。
100円で売っている大根の葉っぱを店で捨てると、ゴミ代がかかってコストが合わないんだって。
「でも、今の人はさ、家でゴミを出したくないから、そうやって店に頼もうとするのよ」って。
みんなせこいんだ。
杉崎のお兄ちゃんは、長男ということもあって、店を継ぐことを最初から当たり前に思っていたらしい。
小学校の5年生から、まずは段ボールをたたんで片づけることから手伝い始めて、
週末は店に出ていたんだって。「二日でアルバイト代500円よ。安い安い」
それで、高校1年生の時にお父さんが大腸がんで倒れて、数か月は放課後ずっと店番していたって。
だから八百屋歴は長い。今43歳だから、30年ぐらいの歴史をすでに知っているんだ。経験と。
20歳ぐらいのころ、市場に仕入れに行ったときに、隣にいたおじさんに
「お前、商売好きか?」って聞かれて「好きだ」と答えたら、
「上野行って、乞食を見てこい」って言われたんだって。そのころは今みたいなホームレスじゃなくて、
物乞いをする乞食がいたからって。
観てきたけれど、何を見ればいいかわかんなくて、帰り、次の日にその人から
「何かわかったか」と聞かれて
「そうですねえ。なんか、誰かがお金や飴玉をくれるたびに、地面に顔をこすりつけるように『ありがとうございます』ってお礼を言ってましたかねえ」と苦し紛れに言ったら、
「それだよ。飴玉一つでも、小銭でも、もらうたんびに『ありがとうございます』っていう気持ちが大事なんだ」
と教えてくれたんだって。どんな小さな買い物をするお客様にも感謝することを教えてくれたおじさんは、
なんとあの高級スーパー紀伊國屋の社長さんだったんだって。
グローバリゼーションの波
2009.11.21
土曜日に行った。三連休の初日とあってお客さんは多い。
けっこう売れていたのに、でも、まあ暇な時間もそれなりにあって。
店のオーナーでもある杉崎にいちゃんのお父さん、杉崎達郎さんが果物屋からやってきて
「まだまだだな、こんなに安くちゃやってらんねーよ」と言って去っていく。
おじさん、無愛想だけど、私のことは歓迎してくれているらしい。
「こんなにきれいな姉ちゃんが手伝ってくれてんのにな」とお愛想を言ってくれた。
土曜日のお客さんが多いのは、休日前で安くしていることもある。
キャベツ1玉50円、レタス2玉50円、白菜なんて、キムチでも漬けるんですかってぐらい
大きな丸ごとが200円。白菜はあんまり立派なんで、金子のおじさんが張り切って
向かいのお茶屋さんまで行って、秤にのせて計ったら4キロ!
よくお店に来る背の高い眼鏡の、おっとりおばさんが「まあ、私より重いわ」って。
そばにいた、いかにも下町っぽいちっちゃなおばさんに「白菜何十個分?」と突っ込まれてたけど。
値段が安いのもいいけど、問題は、その値段が安定しないことらしい。
杉崎のお兄ちゃんは、こんな風にボヤく。
「昔は値段が安定していたんだけど、10年ちょっと前からかな。
値段がこんなんなって(と手で波型のグラフを作ってみせる)、商売しにくいのよ。
市場には、できるだけ同じ価格帯のものを出してくださいって言ってるんだけど、
昨日1000円だったものが今日は100円とか、大変なの」
10年ちょっと前って、グローバル化が表面化してきたころだ。輸入野菜が増えて、デフレになって、
野菜の値段も不安定化したってこと?
確かに、買い物に行くと、昨日買っといたのにまだ使ってない芋の値段が下がってたりする。
高度成長期に、都市化が進んで野菜の供給が安定しなくなり、
1966年には野菜出荷物安定法を作って、安定化を図ったはず。それがもう機能しなくなっているのか。
朝も忙しかったらしく、お客が途切れると、金子のおじさんは野菜をひと束ずつテープでまとめていく。
ニュージーランドから輸入したアスパラガスの箱。
段ボールから出してきた白ネギ。
3時すぎると、丸々太ったどんこしいたけが減ってきたので、新しい箱を出す。
ちょうど、おばちゃんたちが店の前にたまってきていたので、金子のおじさんは箱ごと持ち出して
「ほら、見て。しいたけはこんな状態で来てるのよ。うまいんだから」と大声を出す。
お客さんが多い時の金子のおじさんは元気だ。
「今の若い子は、野菜を食べないから体力ないのよ。あいつら長生きできないよ」
周りに集まっているのは、あきらかに中年以上のおばちゃん、おばあちゃんたち。
3時半を過ぎると、ぽかぽか陽気だった日も陰り始め、冷え込みが厳しくなっていく。
杉崎のお兄ちゃんは「眠くなってきた」と言うし、金子のおじさんも「腰がいてえよ」とボヤく。
八百屋の床は地面で、奥が広い掘立小屋だから、冷え込みはきつい。
暖かいので油断した私は、今日はカイロを忘れて、体が冷たくなって、頭が働かなくなってきた。
珍しく何種類も野菜を買ってくれた、上品そうなお母さんと小学校高学年のお嬢さんの買い物を
何度も計算し損ねて、結局、そのお嬢さんが「530円だよ」と助け船を出してくれた。
白ネギにキャベツ、ホウレンソウに大根だっけ。何か青野菜ばかりだった。
そういえば、寒い季節だというのに、売れていくのは青い野菜ばかり。
じゃがいもは売れたけど、さつまいもはほとんど出ず、里芋は私は1度も売っていない。
ごぼうなんかは忘れられている感じ。
このへんのおばちゃんたちは、結構ぬか漬けをつけるらしく、きゅうりがいつも売れる理由は半分わかった。
おばあちゃんが、「ここのかぶは小ぶりだからちょうどいいの」と喜んで買っていった。
かぶもナスも小ぶりじゃないと、漬かるのに二日以上かかるんだって金子のおじさん。
煮物や炒め物に使う私は大きいほうがいいけれど。
キャベツを選びまくって最終的に一番底にあった重いのを2つ買ったのは、
ネパール人の女性二人。若い方の人が、赤カブをうれしそうに見ていたのに買わないので
「赤カブはいいの?」と聞いたら
「私たちの国のは、小さいから、珍しいと思って見てただけ」と答える。
「キャベツは何に使うの?」と聞いたら「カレー。私たちの国では、野菜は煮てカレーにする」と答えてくれた。
そういえば、外国人のお客さんは1日1組以上は買い物をしていくけれど、
みんな、一番大きくて新鮮なやつを選ぼうととことん吟味する。シビア。
何か分からない言葉をつぶやきながら、野菜の重さを確かめているおばちゃんたちを見ていると、
ここがどこの国か分からなくなってくる。
昼過ぎ、セーラー服を着たかわいらしい女の子が二人、恥ずかしそうに店へやってきた。
「あの、あの。お礼に。この間授業で手伝ったので」と言う。「金子さん」と名前を言うので
おじさんに「お客さんだよ」と言ったら、おじさんは、野菜のテープ巻きの作業を止めて顔をあげる。
目当ての人を見つけた中学生たちが金子のおじさんに手紙を渡して、ペコペコ頭を下げて帰っていく。
「地元の荏原6中の子たちだよ。10年ぐらい前からかなあ。実習で商店街で2日間、働くの。
かわいいもんだよ」と目を細める。
商店街や畑での実習授業が今は各地であるんだとおじさんは言う。
シイタケを乾物にするといって2皿買っていったおばさんがいた。
夕方になると、でも、素材より、総菜に目をやる人が増える。
里芋と人参の煮物を買う人、茶豆を使った五目豆を買う人、花豆を甘く煮たのを買う人。
「甘いよ、これ」「辛いよ、これ」と味付けに不満を言うおばちゃんたちに、杉崎のおにいちゃんは
「まあまあ。みんなそれぞれ家の味があるからね」といなしていく。
杉崎のお兄ちゃんは、商売上必要だからか料理がけっこう上手だ。
この間は、さつまいもをバターで炒めて、シナモンで味付けたおやつをくれた。
今回は、卵と小麦粉、キャベツのお好み焼きに豆腐を入れたのを、お昼だって出してくれた。
「もうちょっと見栄えがいいと、商品にできるのに」と言うと、
豚汁をビニール袋に入れて売ろうとするから「え。いいの?」と聞いたら
「西小山だからいいの」だって。こないだも、そういえばビニール袋に入れたカレーうどんを売ってたなあ。
そういう見栄えはありなのか?
夕方、Fさんがやってきた。店への差し入れを結構持ってくるらしい。
「Fさん、本当に料理マメだねえ」と感心していたら、
「出汁に使った鰹節とか昆布、いりこも炒めて料理にするのよ」っていうから「すごいすごい」と言ってたら、
ちょっと恥ずかしそうに「でも、そんなんするのは、夏にそうめんのつゆを作ったときぐらいだよ。ふだんは、無添加の粉になった出汁を通販で買ってるのよ」と告白してくれた。
そろそろ5時。私は店番を引き上げて、客に戻って買い物に行く。
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